きらきら、ちかちか

きらきら、ちかちか


「わんわんだーしーて」
「……」
片手は学生服のズボン裾を掴み、もう片方を伏黒恵へ向けてねだる様は、おもちゃを要求するそれだ。
じとりと見つめれば、くるりとした瞳が見つめ返す。
親譲りの水色が、頑として諦めの色を見せない。
そもそも、何故またここに居るのか?色んな所から突っ込みたいが、何を隠そう、彼女――五条名前――の後ろには、父親である五条悟が控えているではないか。
「ここは学校ですよ」
「出すぐらいいいじゃん」
「そーよそーよ、ケチ臭いわね」
保護者に向けて正論を叩きつけると、にべもなく反論されてしまう。
おまけに、同級生からは文句まで言われるのだから理不尽この上ない。
「後からエスカレートするから嫌なんだよ……」
そんな独り言をいいつ、折れた伏黒は手で印を結び「玉犬」とつぶやく。
途端、地面にできていた影から白と黒の犬が現れた。
「あー!わんわん!」
ぱちぱちと手を叩き歩み寄った名前は、満面の笑みを浮かべて黒の玉犬の首に抱き着いている。
現金な話だが、お礼も忘れる程に喜んでしまっているから、余程戯れたかったのだろう。
しかし、ここにはしっかりと彼女の保護者が居るので、きゃっきゃと騒いでいる彼女は一度制止されてしまうのだ。
「名前、恵にお礼は?」
五条の父親らしさは何度見ても慣れないなと一年生が感じる中、名前はその声に従ってちゃんと一度動きを止める。
「めぐにーちゃんありがとう」
「あぁ」
にっこりと笑う名前に、ぶっきらぼうに応える様は、多少の気恥ずかしさを思わせる。
やはり、同級生の前で愛称で呼ばれるのはむず痒いものがあるのだろう。
そのやり取りに、なんとも言えないニッコリとした笑顔を見せる五条は、底意地が悪いと言わざるを得ない。
「なんですか」
「ぃんやぁ~!恵もお兄ちゃんしてるなって思っただけ!」
語尾にハートがつきそうなそれに「はったおしますよ」と答えつつ、今一度玉犬と戯れる名前に目を向けた。
暫くは大丈夫そうかと一息ついて、授業再開を促す。
これから開始する授業は体術だ。

はーはーと息つく声が聞こえる。
釘崎は近くの木陰にダウンしていた。
先程まで伏黒と虎杖、続けて二戦していたのだから無理もない。
「体力バカじゃ……ないんだから……休憩よきゅうけー」
そういって腰を下ろし、残り二人と五条の戦いを横目で見ている。
体力バカと揶揄した虎杖だが、彼も伏黒との闘いと五条との個人戦の後、二対一の戦闘で多少の疲れが見えていた。
伏黒などは、目に見えてわかる。
一方の五条はと言えば、涼しい顔で二人の動きをいなしているではないか。
腹立たしい程に余裕だなと舌打ちをしてしまった。
そんな思考の途中で、ふと、授業開始から聞こえていた声がやんだことに気付く。
きゃっきゃと楽しそうなソプラノの声である。
五条名前は、授業開始とともに玉犬とかけっこを始めて、戦闘の邪魔にならないようにか、少し離れた場所で戯れていた。
そういえば、戦っている最中余り気にしていなかったが、彼女はずっと走り続けていなかっただろうか?
いやまさか、と自分の思考を否定する。
子供とは、元気はあるが、電池切れまでが早いのだ。
戦闘に必要のない思考が次々と浮かんでは消えていく中、近くでざりっと音がした。
「おねーちゃん、かけっこあきたぁ」
まさに考えていた相手がきて、少しの驚きとともに、名前に目を向ける。
彼女の後ろには先程の自分と同じようにはっはっはっと息を切らしている玉犬が二匹、お座りをして控えている。
余りの息の切らしように、先程の疑問が再度頭を過ってしまった。
「あんた、もしかして今まで走ってたの?」
「だってね、わんわんね、ひさしぶりなの」
答えが答えではないが、きっと正に今の今まで走っていたのだろう。
心の中でうそでしょ……といいながらも、こんな馬鹿みたいに体力がある子供の相手は、今の自分には務まらないと、早々に判断してターゲットを逸らそうと思考を巡らせる。
「伏黒は今あっちで戦ってるから、終わったら遊んでもらいなさい」
遊べるかは置いておいて、である。
そんな大人――否、未だ10代ではあるが――の思考を蹴散らすが如く、幼い子供はやだ!と一言声を発した。
「いまー!いまなのー!うさぎさんととりさんがいい!」
すごい勢いで駄々を捏ねだしたし、出てくるのは動物ばかりだ。
多分きっと、否絶対、伏黒の式神なのは明白である。
「ちょ、私に言っても仕方ないじゃない……もー!あっち!あのおにいちゃんのところ行きなさい!」
自分にはどうしようもないと判断した故の台詞だが、素直にわかったと返す名前に反して、確り聞こえていたらしい伏黒が「今はやめろ!」と叫んでいる。
仕方ないのだ。ご所望の品に応えられるのは伏黒しかいない。
その上、こっちは体力がまだ回復できていないのだ。伏黒、あんたの事は忘れないわよ……と胸の前で十字を切って、再度脱力をした。

再度休憩に入った釘崎を他所に、名前は猛ダッシュで伏黒のもとにひた走る。
先程までずっと、玉犬と走り回っていたとは思えないほどの動きだ。
「おいっ……!危ない、から!あっちいっとけ!」
虎杖とタイミングを計りつつ、五条への攻防を続けている伏黒にとって、今幼児を気にかけている余裕は残念ながらあまりない。
五条は五条で止める気配がないし、何なら面白そうだという顔をしている。
虎杖は少し心配になりながらも、3人の動きが止まらない為、少し気にかけ乍ら動いている有様だ。
「めぐにーちゃん、うさぎさん!」
近くまで来たと思ったら、たまに迫るそれぞれの足などをうまく避けて尚、要求をしてくる。
流石最強呪術師の娘といったところであろうか。
しかし、学生側としてはハラハラしてしまうのもまた真実。
こうなったら仕方ないと、いくつかの攻防の後、兎の印を結ぶ。
「脱兎」
「うさちゃーん!」
嬉しそうに両手を広げ、ぴょんぴょんと飛んでいく兎についていくかと思ったが、幼児の要求はこれで終わりはしない。
先程彼女は、釘崎に”うさぎととり”といったのである。
本人もそれをしっかりと覚えていた。
その為、目で兎を追った後、今一度伏黒に向き直り、「とりさんはー?」と言ってのけたのだ。
これには五条も爆笑をしたし、伏黒は盛大なため息を吐くしかない。
「この親にしてこの子あり」を体現するような自由奔放さだ。
今の年齢じゃなければもっと怒っていただろう。
しかし、終わらない戦闘と幼児からの要求、先に簡単に片付くのは後者である。
諦めて、玉犬を戻した後、鳥の印を結び「鵺」と一言出せば、バサリとその場に鵺が舞い降りた。
またしてもキャッキャと笑い脱兎を追っていこうとする彼女に、伏黒は最後に小さなため息をもう一つ。
そんな彼を知ってか知らずか、名前はくるりと振り返り「めぐにーちゃんありがと!」と手を振ってくる。
これには流石の伏黒も少し笑ってしまったが、その隙を突いて五条に足を払われてしまった。
倒れこんだ伏黒を見下ろし、五条は楽しそうな笑顔を向ける。
「はーい!僕の天使に見惚れすぎ!隙の宝庫だよ、恵」
こいつ……という言葉を飲み込んだ伏黒は大人だ。
傍でみていた虎杖は、伏黒の振り回されっぷりに合掌しながら、自分と似たように体力があるだろう女の子を楽しそうに見つめる。
「悠仁も、今は授業ちゅー」
えいっという声とともに、かなり痛いチョップが入る。
いってぇ……といいながら、五条を見返すとドヤ顔で見返された。ひどい返しである。
「まぁね、僕の天使は可愛いから、2人が見惚れるのも分かるけど、ちゃんと僕もみること!」
その場に居た一年生全員が、なんだこの子供……と思ったのは察するに余りあるのは、仕方のない事であった。

その冷めた空気もどこへやら、名前の楽しそうな笑い声は、広場に軽やかに響いている。