スミレのミルク

スミレのミルク



「ん?どしたんだろ」
「ちょっと、止まんないでよ」

午後の後半、野外訓練のために外に出てきた呪術高専1年の虎杖は、ふとグラウンド付近に見慣れぬ影を見つけた。
後に続いていた釘崎は、外の日差しに目を細めながら歩を進めていたため、あわやぶつかる所だったと言う訳である。
「ほら、釘崎アレ」
少しキレている釘崎の事はどこ吹く風で、虎杖は先程から目の前に見えるものを指さす。
ちょっと聞いてるの!?そう言いかけたが、その指と目線の先を辿ると、その台詞も引っ込んでしまった。

グラウンドの近くを、幼い女の子がトボトボと歩いている。
片腕には、小振りのウサギのぬいぐるみをもって、周囲を不安そうに見ているのだ。

「職員か術師の子供かしら?」

何とはなしに釘崎が呟いた瞬間、タイミングが良いのか悪いのか、ぱっちりとした綺麗な目が偶然にもかち合ってしまった。

「……」

「おとーさん、どこぉ……?」



□ □ □



「はぁ……」

伏黒恵は、軽い吐息を吐いた。
というのも、己の担任である五条悟に、次の授業は呪骸とも訓練するから夜蛾学長の所から呪骸借りてきて、なんていうお使いを賜ったからである。
しかし、虎杖と釘崎二人をグラウンドへ行くよう指示したかと思うと、依頼者本人は少し用事があるからと別方向へと歩みだしてしまった。
それならば、その用事が終わってから呪骸を借りて合流すればいいものを……、などと言ってももう遅かったのである。
その頃には、五条は教室から出た後であった。

呪骸をいくつか借り受けてからは、両手に抱えつつ廊下を歩く自分に、なんだか少しため息が出てしまったのは許されたい。

とっととグラウンドに行って荷物を下ろすか……

そんなことを考えていると、ふと、出入口の更に先に蹲る見知った塊が見える。

どう考えても、先行してグラウンドに出ているはずの虎杖と釘崎だ。
その奥に何やら小さな人影も見える。
屋内との光度の差と二人のしゃがみ具合で分かりずらいが、三人分の人影だろうと判断はできた。

「……何やってんだ?」

やれやれとでもいう様に、小さく呟いて近づいてみる。
むんずと右手と左脇に呪骸を携え、放漫な動作で靴を履き替えながら声をかけた。

「おい、お前らなにやって……」

「お!伏黒」
「伏黒いいところに!」
「あ……めぐにーちゃん」

三者三様に自分を呼んで、此方に注目をされてしまった。
聖徳太子にはなれねーぞと心中で毒づいても、この三人は聞きはしないだろう。

「え、なに、あんたこの子と兄妹なの?」
「おー!それならよかったじゃん……でも、あれ?お父さんって言ってなかった?」
「まてまて、誤解だ、コイツは俺の妹じゃない」

質問が飛び交い収拾が着かなくなる中、下から引っ張られる感覚に意識を戻される。
「めぐにーちゃん、おとーさん、どこ……」
伏黒の服の裾を引いて、もう片方の手のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる様は、三人に庇護欲を煽った。
何より容姿が大層可愛いのである、ただでさえこれぐらいの年齢は可愛いと思うのに、輪をかけて可愛い。

「俺らがさっきそこで見かけてさ、”おとーさんどこ”って言ったっきり、怖がってるのか口きいてくれなくなっちゃって」
「私みたいな大人の美人に怖がっちゃったのかしら……罪よね」

伏黒は更に疲れるのを感じたが、そっと黙ることにした。
虎杖の話から状況は解ったし、あとは此方と話すだけである。

「名前、お父さんなら……」
「やっほー!みんな、やってる?」

その場の空気を一変させたのは、案の定授業開始時刻よりも遅れてきた担任の五条悟、その人であった。
虎杖が「あ!先生ー!」と言おうとするより先に、伏黒の目の前から声が上がった。

「おど……お゛どーーーざーーーー!」

先程まで、大人し過ぎる程に大人しかった小さな女の子だとは思えない様な、堰を切った泣き声が響く。
かと思えば、握りしめていた筈のぬいぐるみを放り出し、一目散に五条の足に突進して行った。

「わ、名前!?どうしたのこんな所で!」

ぎゅっとズボンを握って離さない姿に驚きながらも、ややあって、彼女の両脇によいしょと力を入れて持ち上げる。
最初こそ布を離すまいと凄まじい力を込めていたが、抱っこされるとわかれば泣きながら首元に小さな手を伸ばしてきた。
「よしよし、どうしたのー?あ、恵、そのぬいぐるみ拾ってくれる?」
とんとんと手慣れた様子で背中を叩き、片手でぬいぐるみを受け取る様は、まさに手慣れたものであった。

突然の光景に驚いていた虎杖と釘崎であったが、ふと我に返り「え!?子供なんていたの!?」だとか「先生結婚してたんだ!?」なんて騒ぎ始める。
「ってか伏黒知ってたのかよ!?」
「あー、まぁ」
「知ってたなら言いなさいよね!」
「いや、タイミング!!」
生徒同士で花が咲き始めているが、五条としては何故こうなっているか掴めない……が、それはそれとして名前を泣き止ませないと、と人形を顔に近づけてあやしてみる。
「ほーら、うさちゃんも泣き止んでーって言ってるよ?名前ちゃん元気出してー」
生徒たち――主に釘崎――からの不審な目線は、今は気にしないことにした。
名前は名前で、首に顔を埋めてフリフリと横に首を振っている。

「皆、先に訓練してて、僕も少ししたら行くから」

指示を出せば、生徒たちは二つ返事で了承する。
虎杖何かは、「お父さんと会えて良かったな、名前ちゃん!」なんて声をかけて行ってしまった。
その頃には、抱き抱えてる感覚からも、少し落ち着いてきたのが伺える。
さて、少し下ろしてから話すか……と、体を離そうとした。
すると、たちまち「やぁーーーー!」とひっつくので、これは暫く動けないな……なんて独りごちる。
仕方がないので、先程の出入り口に戻り、校舎の床に腰を掛けた。

「おじさん、うそついたの……そとにおとーさんいるっていった……」
「んー……学長かな?お父さんちょっと用事があって、外でるの遅れちゃった……ごめんね?」
「……いーよ」
「ありがとう」
先程の涙が嘘のように静かになって、今度はキョロキョロと辺りを見渡しだした。
あまり来ない場所にソワソワしているらしい。
「今日はお母さんと来たんだよね?僕のところに居なさいって言われたの?」
そう言うと、こくんと頷く名前は、親バカになるのが致し方ない程に可愛い。
学長公認なら、このまま皆の所に連れて行って一緒に訓練でもするか、というプランも出てきた。
鬼ごっこなんかさせたら良さそうかもしれないなんて思いながら、取り敢えず立ち上がることにする。
「一人で探してくれたんだ、偉いね」
よしよしと頭を撫でると、自慢げな顔を此方に見せた。

「恵達のところいく?」
「いく」

そう言って、一瞬腕から這い出て駆けだしたものの、悠仁と野薔薇に会った瞬間僕の足に隠れて、少しの間馴染むのに時間を要したことはまた別の話であった。



―――――


あとがき
あさちゃんよりキリ番(1000)のリクエスト依頼品

リクエスト内容:五条先生×幼女(娘)


まさかの相互管理人である知り合いが踏んで、キリ番という懐かし文化を発動してくるとは思いませんでしたが、楽しかったです。ありがとうございます!

もっと延ばそうと思ったらいくらでものばせたし、私の中では「わんわん(玉犬)だして」って言って伏黒に出して貰って戯れる話もあった。(長くなりそうで切りました)
後何気に、野薔薇ちゃん(とか出てないけど真希さん)に懐いていく話とかパンダに抱き着く話も脳内では出てきたけど没にしました。
あさちゃん(やその他無いだろうけど拍手)からGOサイン出るか、私の気分が乗ったら書きます。

後、名前ちゃんは4~5歳想定でした!言動幼かったらすいません。
これぐらいの子って恥ずかしがり屋さんになったりして、家族の体の後ろに隠れたり、話しかけに対して頷きで返したりするかなと……
色々動画見たり、兄弟親戚の記憶も総動員したのですが違和感あったらご容赦ください。