好牌先打

好牌先打





結露したガラスの向こう、しんしんと音を静めて降る雪がこの季節の寒さを物語っていた。
きっと明日には少し溶けているだろう。そう思う程度の降り方ではあるが、人々から外に出ようという気力を削ぐのには十分であった。
そのガラスの内側である部屋の中は、暖房に炬燵、暖かな飲み物の湯気が立ちのぼっている。

ここは、東京都立呪術高等専門学校の男子寮一室。
年も明けて少し経ったある日の休日だが、先程のとおり外に出るのが億劫だからか、皆が肩を寄せ合う様にして炬燵に包まっていたのである。

この部屋の家主である五条は元より、隣の部屋の夏油も例に漏れず、果ては同級生である家入と苗字も示し合わせたかのように集まることと相成っていた。

2月初旬の休日、こうして全員集合しているのは珍しいことである。

「お腹空いた」
「たしかに」

各々で寛いでいたところにぼそりと呟かれたそれは、ベッドで寝ころび漫画を読む五条からで、同調したのは炬燵に入ってココアを啜る苗字であった。
他の2人はゲームのコントローラーを片手に心の中だけで同意するにとどめている。なぜならこの後の流れが火を見るよりも明らかだからだ。

「ミカンとかちょっとしたお菓子もってこればよかった」

再度コントローラーを持ち直していう苗字はしかし、動く気配など微塵もない。

「ここ来るときに手土産としてもってこいよ、気の利かない奴~」
「それぐらい置いてるかなって思ってたの。というより、五条は寒くないんだから取りに行ってくれてもいいじゃん」
「ぜってーイヤ」
「本当に意地悪だよ五条は」

煽るような言葉を発する五条に対し、ムッとした表情で返した苗字の構図は、夏油達からすすれば想定の範囲内であった。
寒い時期、炬燵から離れなければならない事で諍いが起こるのは世の常である。

「まぁまぁ、喧嘩もほどほどに」
「じゃあ夏油が代わりに食堂までいってくれる?」

にっこり。
そろそろ仲裁をと間に入った夏油であったが、苗字からのフリには無言で返す。おこぼれに与ることはあっても、自ら動こうと言う気持ちは寒さにそがれていたのである。

「ほらー!」
「そういうことなら悟に行かせたらいいじゃないか。ついでに酒も頼んだ」
「だったら私にも何か軽いもの持ってきてほしいな」

不貞腐れる苗字を宥める様に家入が会話に入るが、その内容は五条にとって理不尽なものであった。因みに、勿論寮の食堂にお酒はないので、彼女の部屋にあるかもしれないものを持ってくるか、外まで買いに出なければならない。
また、夏油に至っては先程の態度を一転して堂々と要求をする始末である。

「なんで俺が行くことになってるんだよ。行くわけねーだろ」

場の空気に押されそうになるものの、名指しされた本人は断固拒否の構えだ。ここで折れたらすぐに部屋から追い出されそうな雰囲気が漂っている。
心の中で部屋主は誰だと思っているんだという思いが込み上げていたが、今それを言い出して敵を増やすことは得策でなかった。

そんな五条をみてか、静かにしていた苗字がひらめいたように手を合わせる。

「……仕方ない。こうなったら何かで負けた人がみんなの分まとめて調達だ!」
「何かって何?」
「うーん……あっ、これいいじゃん」

彷徨わせた視線は、部屋の一角でピタリと止まる。
その先には、隅に追いやられた黒のケースとマットがあった。

全員がそれを見てにやりと笑う。

「ノった」
「よし、じゃあ麻雀対決で最下位が調達係ね!」

机の上を少し片づけ、巻かれていたマットを広げてケースをひらく。そこには麻雀牌がずらりと並んでいた。



□ □ □



「じゃあ親は私からで」

小さなサイコロが2つコロンと真ん中に転がっている。
声高に宣言した苗字はそういって動かない姿勢をとった。麻雀では対応する場所に座る事になるが、自身が一番手であれば席移動の必要がないのである。

「南場が私か」
「私が……西ね、じゃあこのままで」
「俺と傑が逆かよめんどくせー」

各々が元居た場所から指定の場所へと動いてゆく。

そうして、全員が落ち着くとジャラジャラと音が響きだす部屋に、先程までのんびりした雰囲気は何処にもない。誰もが本気なのだ。
全員が乗り気である。折角の休みに暇だったことも一因だろう。

少し上機嫌に五条と夏油が牌を積んでゆく。女子組はお任せモードだが、これはいつものことである。
全ての牌が積まれると、心得た様に皆が無言で順に手元へと牌を引き寄せた。

「さて、始めますか」

親である苗字の声を皮切りに盤上の読み合いが始まった。ゲームを楽しみつつ、動きたくないと言う心も未だあるのだ。

「後で泣いても知らねぇからな」

捨て台詞の様なそれは、三方向からの嘲笑で軽くあしらわれる。

「悟、そういうの死亡フラグって言うんだよ」
「私は取り敢えず酒が飲めたら何でもいいから頼んだよ五条」
「八百長頑張ってね五条」

3人は同級生の扱いというものをよくわかっていて、そのせいで遠慮というのもはもはやない。
そうして各々が静かに手配を確認する。

「ほんっとお前ら覚えとけよ!」

そう言って五条が啖呵を切って始まった東一局目。五条が立直をかけるも、流局。
東二局目は苗字へ五条が振り込み、東三局目は逆になった。

「わかったから五条は私とばっかり張り合うのやめなって、他にもいるじゃん」
「運なんだよ、運!」
「まぁ、私たちとしては2人でやり合ってくれると助かるけれどね」

蚊帳の外から見ているだけの夏油は、現状余裕の表情で茶々を入れるのみである。まだ先は長いのであまり悠長にもできはしないが、それは全員に言える事でもあるので軽口位はたたいてしまう。

「硝子もどんどんはいってきてよー!」
「あのね、名前。麻雀は負けなきゃ勝ちなの、特に今回はね」
「まぁそれは……そう」

不貞腐れた苗字を宥めながら、その後も室内にはジャラジャラと音が響いた。



……――そうして迎えた、南四局。

「ロンー!」

五条が牌を捨てた瞬間、高らかに苗字の声が響き渡る。

「立直七対子ドラ四ー! 私のために振り込んでくれてありがとうね、五条!」
「っだー、クソ!」

ここに、40分近く続いた死闘が幕を閉じた。
負けた五条以外の3人はそそくさと机の上を片付け始め、更にはそれぞれのマグカップを綺麗に飲み干しだしたではないか。

「じゃあ、悟」
「よろしくね」

最後にニヤリとした家入は、全員分のマグカップも集めて五条の前へとおしだす。無言の催促であった。
全てを机の淵で項垂れてみていた五条は、小さく唸り声を上げた後、勢いをつけてカップを掻っ攫い部屋を飛び出す。

その去り行く背中を部屋の中の3人がくすくすと見つめていたのは本人に内緒である。