刺も愛嬌

刺も愛嬌


朝7:30。

呪術高専から都心を挟んで反対側、県境も越えた先にある舞浜駅に降り立って、欠伸を一つ。
隣の大男を見上げると、同じように欠伸をして、目に涙をためている。

今日は、彼氏である五条悟と私の休みが重なり、ディズニーにデートというベタなことを企画してみた。
高専ももう直ぐ卒業だし、制服ディズニーなんてどうかなと思ったのだ。
たまの休みではあるし、特級術師様としては休みたいのだろうが、学生時代の思い出ぐらい作りたいという我儘が勝った結果である。
提案したら二つ返事で了承してくれたので、胸を躍らせて、蓋を開けると案の定悟が寝坊をした。
私も私で少し準備に手間取って、予定より30分程遅れての到着となってしまったのだ。

もー!寝起き悪い!とか、お前だって準備遅かったじゃんとか、そんなことを言い合って電車に揺られている間に目的地に着く。
着いた頃には、さっき迄のいざこざはどこへやら。
「悟、いこっ!」
と、腕をとると、悟も満更じゃなさそうで、どこか楽し気にしているのが可愛いななんて思った。

ゲート前での待機中、普段は人前でくっつきたくないけれど、寒いからとぴったりとくっついていたら、調子に乗った悟が肩に腕を回してきたから、抓ることだけは忘れなかった。
恥ずかしいからやめてほしい。
でも、寒いのは確かなので抓られて仕方なく下ろされた手を繋いでポケットに入れてみる。
今日は寒いだろうと思って悟のパーカーを借りて、制服の上から羽織って居たのだけれど、こういうことができるのは良いかも、少しだけ嬉しい誤算であった。
「けちかと思ったらイケメンじゃん……ちょっとキュンときちゃった」
なんて、馬鹿な言葉を言い出すから、無言でポケットの中の手をギュッと強く握って抗議する。
そんなことをしながらも目線は携帯で色んな情報をポチポチ調べて、何に乗ろうかなーなんてしているから、周りから見たら無視する彼女の出来上がりだ。
いつもの事だけど。

悟は慣れているからか、自分も携帯を取り出した……かと思うと、少しして飽きたのか私のほうに凭れてくるから面倒くさい。
かまってちゃんになっている。
「……もう!悟重い!もうちょっとだから我慢して」
「えー、でも、名前ずっと携帯見てるしつまんないんだもん」
「だもんじゃない」
190cm越えの男がだもんとか言っても可愛くないんだからな、と白い目で見つめた。
そんな私の態度が気に入らないのかぶーぶー言い出したが、気にせず腕で押し退ける。
「今悟と何乗ろうかなって調べてるんだから、大人しくしててよ」
「そんなの入ってからでよくない?」
「え?聞こえない、何て?」
わざと聞こえないふりをして少し威圧をしたら、ちょっとだけムスッっとして黙ってしまった。
これも、いつも似たようなパターンなので大丈夫だけど、流石に今日ぐらいは可哀想かなと思って、1分程携帯を触ってからチラリと見上げる。
丁度、此方をじっと見ていたらしい悟と目が合って、「終わった?」何てニコリと笑われれば、しょうがないなー!と折れてしまうのだ。

そうだよ、この男はどうしようもなく顔がいいんだよこのやろう。
静かに心の中で悪態をつきながら、ポケットの中の悟の手を一瞬ほどいて恋人つなぎに繋ぎなおす。
「終わったよ、悟も乗りたいのあったら先に言ってね」
「んー、特にないかな……名前に任せるね」
「じゃあ、先にファストパス取りに行くから一緒についてきて」
繋がれた手にたまにギュッギュと力が込められて、少しうれしそうにしているから反応が幼稚園児みたいで可愛い。
機嫌がなおった様で何よりだな、と独り言ちていると、ようやく大きく列が動き出した。
いっぱい乗り物のって、最後のショーまで観るんだから!と意気込んで、ゆっくりと歩を進める。



□ □ □



結論から言うと、ファストパスはうまく取れた方だし、既に幾つか乗り物も乗った。
現在昼ごろ。
少しお腹が空いたけど、時間をずらしてお店に入りたかったので、先にチュロスを食べようかな~なんてマップを見て考えている。
丁度、少し行った先にチュロスのワゴンがあるみたいだし、そこで買ってこようと考えてふと近くを見回す。
ワゴンから少し距離はあるが、ちょうど開いているベンチがあった。
「悟、私チュロス食べたいんだけど、向こうの方で買ってくるからあのベンチで待っててくれない?」
「いいよ、んじゃ僕のもおねがい」
「はーい」
こういう時、変に僕が行くよとか言わないから気楽でいいな。
そんな風に考えながら、ワゴンへ向かうと少し人が並んでいた。
ちょっと待たせるけど、悟も休憩できるし丁度いいか……。

この時はそうやって安易に考えていた。

あの男の顔面を嘗めていたのだ。


やっと買えた。
両手にチュロスを持って、てくてくと約束のベンチへ向かう。

人の波が行き交って、少し見えずらいが、確かこっちだったな……と歩いていくと、やっと少し人の波間が見えた。
その先のベンチへ目線を向ける。

そこには、ベンチに座る悟を囲むように女の子4人の集団が取り囲んでいるではないか。
一人なんか悟の隣に座っている。
悟も悟で、何やら調子に乗っているのが遠目でも見てわかる程には、軽く受け答えをしているようで腹が立つ。
その隣の席は私のなんだけど?
そんな気持ちを込めて、すたすたと近づきつつ、彼女たちの真後ろにきた。
きっと、さっきから悟は気づいているだろう。

「……ちょっと、そこ退いてくれます?」

振り返った女の子たちは、大学生位だろうか?可愛い系の量産型で、多少ケバい。
私と比べると、至って普通だなという分類だった。

私が彼女なのを察したのか、四人はそそくさと離れていく。
離れる際に「こわくなぁい?」「何アレ」「自己主張激し……」なんて酷い小声の文句が聞こえたから、白けた目で後ろ姿を見つめていた。
どうせ私は可愛い系よりは断然美人系だし、見た目も気が強そうだし、言動もキツイですよ。
自身でも分かっていることに、ハイハイハイと適当に頷いていると、目の前からも声が聞こえてきた。

「こわくなぁい?何あれぇ~?気が強いぃ~!」

猫なで声でさっきの台詞をリフレイン。
更には、余計な一言までつけてきやがる。

……っはっらたつーーー!

フォローもせずに彼女を煽ってくるとか、ほんっとクズ!悟の馬鹿!
そもそも、そっちがあしらってたらこんなことなって無いでしょ!
後、気が強い女好きでしょうがバーーカ!

といういろんな思いが駆け巡った結果、一週回ってテンションが落ち着いた。
落ち着きついでに、投げ出されている足に向けて、履いていたチャンキーヒールの踵を思いっきり落とす。
「い゛っっっ!!」
すごい声がしたなとは思ったけど、素知らぬふり。
本人も術式使ってなかったし、ピンヒールじゃないから大丈夫でしょ。
「すいません、人を間違えました」
一言だけ残して回れ右。
持っていたチュロスの片方にパクリと噛り付き、どこか別のベンチに座ろうかな~と歩き出す。
五歩目位で、復活したのだろう悟が、後ろから慌ててかけてくる声が聞こえた。
「名前、待ってって」
手首を掴まれたけど、無視が一番。
そう思って更に歩を進めようとすると、くいっと引かれてしまう。
「……なんですか」
ジトリとした目を向ける私に、未だ焦りながら悟が悪かったと謝ってきた。
いつもの悪ふざけなことは分かるが、流石にここに来てまで出されるとちょっと仕返しぐらいしたくなる。
その後、腕を引かれて近くの空いたベンチに二人で座ってチュロスを食べるも、まだ許せないな……と、無口を貫いてしまった。
悟もばつが悪いのか、珍しく此方を気にしているのがわかる。
気になるなら初めからしなきゃいいのに。


始めてしまった無言時間も、少し長くなると意地を張りすぎたか……なんて後悔がでてくる。
そんな私を他所に、悟は唐突に立ち上がると、「ちょっと待ってて」なんて言ってダッシュで何処かへ行ってしまった。
私に呆れて何処かへ行った訳ではない事は分かるが、何処へ行ったかは見当もつかない。
はーあ、やっちゃったなぁ……一人だとやることもないし。


静かに待っていたが、十分もすると本当に暇すぎてどうしようかと困ってきた。
その内に、よく分からない高校生集団に囲まれるし参ってしまう。
「彼氏待ってるだけなんで、あっち行って貰える?」
そう断りを入れても、変なテンションの彼らは調子に乗っているのか尚も話しかけてくる。
どいつもこいつも浮かれすぎでしょ、そろそろ本気であしらおうかな……と考え始めたころ「名前、おまたせ」という言葉とともに悟が現れた。
多分女友達を待っていると思ったのだろう。
周りに居た男たちは、悟を一目見てすぐに何処かへ行ってしまった。
「大丈夫?」
「……ありがとう」
「一人にしてごめんね、これ、さっきのも併せてお詫び」
持っていた袋から出されたのはダッフィーのぬいぐるみで、膝の上にぽすんと置かれた。
目の前にしゃがみ込む悟は上目遣いになりながら「許して」と目で訴えてくる。

自分の顔がいい事を自覚しているのは、本当に本当に腹立たしいし、モノには釣られない。
……でも、さっきは助かったし、このダッフィーに罪はない。
ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
「っはー!もういいよ、私も意地になってごめんね、ご飯食べに行く?」
「いいねぇ、どこ行きたい?」
立ち上がって手を差し出してくれたから、今度は素直にその手を取る。

この後でお揃いのカチューシャを買って、絶対ツーショットいっぱい撮ろう。

静かな決心は、少しの抵抗の後ノリノリになった悟によってちゃんと叶えられ、確り思い出ができたのであった。