ルミナス・セラフ

ルミナス・セラフ

じりじりとうだる暑さが地面を焦がす。

夏真っ盛りの東京都立呪術高専専門学校の一角で、先ほどまで呪具を使った野外訓練を行っていた私たちは死屍累々と木陰で沈んでいた。
蝉の鳴き声、青い空、白い雲、テンプレートのそれらが今はとても恨めしい。
どうしてこんな日にも野外訓練など行うのかと全員が抗議をしていた事が、今は遠くに感じられるほどに気だるいのである。

「暑い……制服も何もかも脱ぎ捨てたいー」
「痴女か、やめとけお前の体なんか目に毒しかねーよ」

愚痴をつぶやけば、すかさず横から容赦のない言葉が飛んでくる。

「悟になんかみせませんよーだ、硝子とか傑ならまだわかるけど」
「私も色んな意味で遠慮しておくよ」
少し呆れ気味にばてた顔を此方に向けた傑は、やれやれといった様にしながらタオルで汗をぬぐっている。色んな意味ってなんだよバーカ。
ジト目で睨み返しても、ひらひらと手を挙げられるだけで釈然としない。
一方、硝子は暑さ故か、我関せずと言いたげに遠くを見ていた。
そうして、そんなやり取りをしているのに、流石の悟も暑さにやられているのか、反応が鈍い。
近くの水道で濡らしてきたタオルを頭からかけて脱力していた。

「……硝子もこんなだし、そろそろ時間だから寮に戻らない?」

私もいい加減に動かないとこのまま根が生えてしまいそうだ。
そう思って提案したが、皆一様にあーだのうーだのと曖昧な返事を寄越す。
それもそのはず、先程まで行われていたのは呪具を使った野外訓練なのである。
そう、呪具だ。
扱った呪具はそれぞれ保管庫に戻しに行かねばならない。
皆それを分かっているから、こうやって日陰でグダグダと涼んでいるのである。

「なぁ、名前……言い出しっぺの法則ってしってるか?」

唐突な言葉を寄越してきた悟は、さもしてやったりという顔を滲ませてこちらを見つめてきていた。
腹立たしいことこの上ない。
やはり呪具を仕舞うのがネックなのだなと確信を得てしまった。

「私それ知らないからじゃんけんね」
「お前ぜってぇ知ってるだろ、いいじゃんちょっと行くだけだよ」
「はいはーいうるさいでーす」

いつものやり取りもお互いに覇気がなくなってくる。
あーアイス食べたいなー。そんなことを思い始めると余計に寮に帰りたくなってきた。
確か、冷凍庫にはこの前大量に買ったパピコやアイスボックスがあったはずである。
こうなれば、俄然やる気が湧いてきた。

「はい、それじゃあいきますよーー……出さない人は負けね~最初はグー」



□ □ □



「じゃ、お願いね悟~」
いい顔をして名前は手を振って去っていった。
硝子も傑も「そういうことで」とニヤリと笑いながら続いていく。

腹は立つ……がしかし、今そんなことにエネルギーを使っている場合ではないと思いなおし、無言で呪具を寄せ集めて保管庫を目指す。
否、普通にムカつくな、暑さにも腹立つしあいつら誰一人として手伝おうともしねぇ。
そんな事を考えながら、日向を避けつつ歩いていく。
確か今日は少し遠い保管庫だったなと、嫌な事実を思い出して薄くため息をついた。



□ □ □



「硝子ーアイスたーべよ!」
寮の玄関でそういって近づくと、「わかったから少し離れる」と軽く叱られた。
暑いんだからと文句を言われて、はぁいと子供の様に返事をする。
少し先を歩いていた傑も、私も食べようかななんて言い出して、結局は三人で冷蔵庫へと一直線で向かうことになった。
やはり、記憶の通りアイスボックスやパピコ、サクレなんかも所狭しと入れられていた。

「あ、これにしよ」
硝子はサッとサクレのレモン味をとって一人そそくさとスプーンを取りに行ってしまう。
「じゃあ私はこれ」
傑はアイスボックスを手に取り、ペリペリとフィルムを開けてはこれ見よがしに口にザラザラと放り込みだす。

「えー私パピコの気分だったのに……」
「なんで、”えー”なんだい?」
「パピコは誰かと分けてこそでしょ!それなのに皆直ぐアイス決めちゃうし……」
「諦めて一人で食べたらどう?」
「それはやだ」

うーと唸っていると、一瞬考えた素振りを見せた傑とふと目が合う。

「名前、悟と分けたら?」

妙案だと言わんばかりにいい笑顔で言い残して傑はそのままその場を去っていった。

「私は今すぐ食べたいんだけど……」
私のそんな呟きを知ってか知らずか、神様はいたずらをするようだ。

「名前、やっと見つけたぞ」
そういって、食堂までやってきたのは担任の夜蛾先生だった。
どうやらタイミングが悪い気配を感じる。
「なんですか?」
「悟と二人で任務だ、今から一時間後に正面の門に集合。悟は見つからないからお前から伝えるように」

要件は伝えたからなとでもいう様に、夜蛾先生は颯爽と去っていく。
私は心の中で、行きたくないの言葉を十回は唱えてから一呼吸ついた。
やだと言っても仕方がない、さっきは取り下げかけたが、どのみち悟もすぐ近くまで帰ってきているだろう……待つぐらいならアイスを手土産にこちらから迎えに行ってあげようか。
そうやって思考を切り返すと、パピコを手にして玄関までとぼとぼ向かうのであった。



□ □ □



未だ陽炎が見える中を寮を目指して歩いていく。
ボジョレーヌーボーの様に毎年更新される暑さも、ここまでくると災害だよなと独り言ちて、日陰を選びつつ戻るので少し時間がかかってしまう。
寮はすぐそこだ。
あと一息と腕をまくったところで、寮の出入り口から先程勝ち誇った顔で去っていった名前が出てきた。

「あ、悟いた」

お前はどこぞの小学生みたいな言動するんじゃねーよと突っ込みたいが、生憎暑さでそれも叶わない。
おまけに、名前の目当ては俺だったようで、玄関先にできた日陰から一歩も動こうとせず、剰え「早く歩いてよー」と急かしてくる。

「へいへい」

そういって、気のない返事をしつつもやっと寮にたどり着いた。
名前は、そそくさと土間に入り、小上がりに腰掛ける。

「悟、ここ来て」

自分の隣をパンパンと叩く様は、まるで幼児である。
なんともよくわからない指示だが、一息はつきたいので従うことにした。

「なんかあるの?」

「じゃーん、悟くんにプレゼントです!」

そういって、名前は先程から後ろに回していた手を出してくる。
その手の中にはパピコが握られていた。
ホワイトサワー味なんてなんとも夏らしい。

「なに?くれんの?」
「半分ね!半分だからね!」
「ケチだな名前は」
「もー!そんなこと言ってるとあげないんだからね」

そんな不毛なやり取りをしつつも、名前は嬉々としてパピコをだして半分に割っているから笑ってしまう。


「はい!……あ、なんかこれ悟と色が同じだね」

いたずらっ子の様に笑う名前が、外から聞こえる蝉の声と相まってなんだか眩しい。

「……どこが?」

一瞬受け取る手が遅れてしまったのは何だろうか。
きっと暑さで少しぼうっとしてしまったのだな……と、自分に言い聞かせた。

「えー、ほら……アイスは白で悟の髪と同じだし、パッケージの色なんか悟の眼と同じじゃん」

どうだと言わんばかりに言ってくる名前に、少し吹き出してしまう。
馬鹿にしてるでしょとジト目で咎められたが、してないと返してお互いアイスを食べ始める。
本当に幼児の様だったと思い出し笑いをしそうになって、誤魔化すためにアイスに今一度口を付けた。
こんな時間も悪くはない。

「あ、そういえば……さっき先生が、私と悟で任務だってー。一時間後に正面の門集合するようにってさ」

……こんな時間も悪くないと思った瞬間にぶち壊されるのは何の因果なのだろうか。

「っはーめんどくせぇ……」
「ねー?とりあえず軽くシャワー浴びたいから早くアイス食べちゃわないと」


それとも、2人でさぼっちゃう?

名前の悪戯っぽい笑みが、視線を捉えて離さない。
なんという誘惑だろうか。

「……やめとけ、先生から鉄拳くらうぞ」

だよねーと笑う名前は、こんな会話さえ楽しそうだった。


きっとこれは、暑さにやられた幻覚だ。