「初めまして、家入硝子です」
家入硝子は苗字名前を目の前に挨拶をした。
何処かドギマギするような面持ちを称えた苗字は、顔を綻ばせて挨拶を返す。
―……そんなやり取りから遡ること、約一か月前。
五条は、家入を前にして先日頼まれた事を依頼していた。
普段頼み事をしない苗字たっての頼み、なるべくなら叶えてやりたいという思いからである。
「硝子、来月俺らと一緒に俺の婚約者の所に行ってくれない?」
「なんで私?」
訝し気にこちらを見つめるのも無理はない。
そもそも、多少は苗字の事を話はするが、普段話題に上ることもなく、家入も”五条の婚約者”という認識のそれ以上でも以下でもないのだ。
それが急に会いに行く話が出るとは、流石に怪しんで然るべきであろう。
「まぁそう疑いすぎも良くない。苗字が会いたいんだそうだよ」
補足の様に述べられた夏油の言葉には、更に疑念を抱かざるを得ない。
「なんで私と会いたいってなるのかわかんなんだけど」
「まぁそこは聞いてないけど、多分俺らの学校の話聞いてて、女同士だし気になったんでしょ」
「すごいアバウトじゃん」
そんな会話をのらりくらりと繰り返していたが、ふとある思いが浮かぶ。
この二人が、毎月件の”五条の婚約者”の元に訪れているのは知っていた。
軽くしか聞いていないが、どうやら相手は家から出られないらしいではないか。
どんな女かはわからない。しかし、そんな世間知らずの女の子が、クズ二人の相手をしているというのが少し不安……というより、気にはなる。
でも面倒くさいのが本音だな~、と考えている硝子を見透かすように五条は「1カートンでどう」と誘ってきた。
瞬間「のった」と言った自分の現金さもさることながら、この男がモノで釣ろうとしてくるのも珍しいなと思いなおし、少し前向きに考えるのだった。
□ □ □
「は?あんた達手土産とか持ってないの?」
三人の都合上、予定より少し遅れて苗字家へ向かうこととなった当日。
車に乗り込む直前に発せられた家入の言葉に、残りの二人は「……え?」と返すのみであった。
常識的な事だが、確かに家に伺うならば少しは要るか……?と逡巡はしたものの、向こうから乞われて行っている手前、別に良いのではないかという結論が二人の間で無言のうちに出た結論であった。
この間1秒にも満たない。
その様子を見ていた家入は、何かを察したのか「まぁ、必要ないなら越したことはないか」等と投げ出している。
家入も勿論本日のために何かを用意していたわけではないのだ。
「苗字なら必要無いっていうだろ」
なんて、五条も便乗してしまうのだからどうしようもない。
そのままの三人を乗せて、車は屋敷へと赴くのであった。
―……そして冒頭へと戻る。
「初めまして、家入硝子です」
「初めまして、家入硝子様。私、苗字名前と申します。」
嬉しそうな笑顔で迎える苗字に、家入は少し同情した。
「五条から聞いてた通りだね、私の事は硝子でいいよ」
「あ、えっと、それでは硝子さんってお呼びしますね」
五条からどう聞いていたかは気にもせず、私の事はお好きなようにお呼びください。と続ける苗字は、善人でしかないだろう笑みを向けているのである。
これが五条の婚約者なのかと思うと、家同士が決めることって不憫だなと思わざるを得なかった。
それを察知したのか、後ろから五条が「なんか失礼なこと考えてるだろ」と小言を言ってくる。
「……名前ちゃんさ、こいつらに何かされてない?」
「何か……ですか」
神妙になる苗字をしり目に、五条と夏油は何かとはなんだと二人でねちねち後ろから文句を言ってくる。
そんな二人をチラリと見たかと思うと、少し考えた苗字は家入の目を静かに見つめた。
「いつも、楽しいお話を聞かせて頂いております」
「詐欺じゃん」
間髪を容れずに答えれば、再度後ろからのブーイングが止まらない。
「お三方とも仲がいいんですね」
クスクス笑いながらそんなことを言う苗字に、少しだけ来てよかったかなと思い始めた家入であった。
□ □ □
いつもより口数が比較的多かった苗字との会話を終えて、三人は苗字家を後にすることとなった。
日が落ちれば更に冷え込むので、その配慮もあったようである。
帰り際、苗字は「もしご迷惑でなければ、また時々硝子さんにもお声かけしていいですか?」と尋ねていた。
少し照れて赤くなる様は、初めて出来た同性の友達故か。
家入も、そうやって慕われることが嫌ではない様で、「いいよ、また今度ね」なんて返事をしていた。
自分たちの時とは違うその態度に、少しの面白くなさを抱えつつ、五条は歩みを進める。
そんな五条を知ってか知らずか、家入は唐突に口火をきった。
「名前ちゃんって、かなり純粋だよね」
「それに関してはわかる」
即答できるほどには実感している。
「あんな子騙すとか、二人とも酷い男だな」
「何をどう騙しているのかな」
「俺らなんもしてないよな」
「なー?」と二人でとぼけるが、家入としてはハイハイという気分であった。
性格悪い男二人が話し相手だなんて、やっぱり可哀想だなと思わざるを得ない。
でも、確かに今日の二人は普通に対応していたので、それはそれで見ものだったのも事実だ。
流石にこの二人もああいう子には抑えるのだろうか?
そんなことを考えては、車窓から流れる風景を見るともなしに見つめ、寒空に思いを馳せた。
新しい友人というのも悪くはない