「お待たせ……なんかあった?」
冴を引き連れてやって来た五条さんは、笑いあっている私たちを少し物珍しそうに見つめた。
五条さんにとっては、組み合わせとして予想外だったのだろうか。
少し考えてみるが、私と五条さんも似たように意外性があるのではないかと思えてくる。
そんな風に、刹那の思考をしている私を他所に、夏油さんは「何でもないよ」と躱して居られるから、やはり掴み処のない御方だなとひとりごちた。
「あっそ……それより苗字、申し訳ないんだけど俺たち、後30分ぐらいで出なきゃなんだよ」
「えぇ、お聞きしております。お忙しいところ誠にありがとうございます」
夏も真っ盛り、呪術師はまだ落ち着かない時期なのである。
その後、軽くお二人の近況を聞いてこの日はお開きとなった。
別れ際に、そういえばお礼を言い忘れていると思い出し、五条さんを呼び止める。
「今更ですが、今回の婚約の件、お話を付けてくださりありがとうございます」
「誰かに俺が言ったって言われたの」
「いえ……あくまで私の憶測です」
「ふーん、まぁ俺はそんな大層なことしてないから、気にしないでいいんじゃない?」
そう言う訳には……、そう声を出そうとしたところに、先を行かれていた夏油さんから声がかかった。
「じゃあ来月ね、苗字」
颯爽と去っていく姿は、本当に狡い方である。
□ □ □
あれから数か月、日ごとに暑さは弱まり、秋を迎え、更にはすぐそこに師走が迫っている。
律儀にも、お二人は時間を見つけては、毎月一度ここを訪れて下さり、長い時で4~5時間程お話をして帰っていかれた。
最近担当された任務の話、呪術高専での授業のお話、夜蛾先生という方のお話や同級生の家入硝子さんのお話。
他にも、様々な話を私に教えてくださった。
短い時間だけれど、どれも楽しくてあっという間に時が過ぎていく。
火鉢に手を翳し乍ら、1つ1つを思い出して、自分の世界が少しずつ広がっていくのを感じた。
先生の存在一つでも、私は冴を中心として侍女が手解きをしてくれるので、どうしても憧れてしまう。
学校は面倒だとお二人は仰っていたけれど、どこか楽しそうでもあって、同級生という言うものもとっても素敵だなと思った。
そこでふと、お二人に聞いてみたい事ができたのだ。
普段はお話を聞くだけだったのだけれど、今回は私からも色々とお聞きしたくなってしまった。
考えだすと止まらない。
ソワソワと逸る心を落ち着かせ、本日お越しになるお二人を待つのであった。
□ □ □
寒空の中、苗字に会う為にあの門を潜り、石畳を進む。
「さみぃ……」
「そろそろ12月だからね」
「来月は中旬にしとこうぜ、絶対年末寒すぎて動けねぇよ」
「……あぁ」
少し遅れて返事をした傑は、含みを持った笑顔を見せる。
なんだか余計なことを言われそうで、話を断ち切る様に逆側の樹木に目をやった。
葉がすっかり落ちて、何処かさみしく感じてしまう。
地面はと言えば、流石というべきか、落ち葉等は綺麗に片付けられているようで、それが更に見目の寒さを加速させていた。
そんな道を進んでいくと、屋敷が見えてくる。
いつもの様に玄関を潜り、いつもの様に廊下を進んだ。
冴さんの案内の先には、見慣れた襖がこれまたいつもの様に見えてくる。
この道のりも、少しずつルーティンとなってきたなと気付き、先にいる苗字に思いを馳せる。
彼女は、日々が部屋の中で代り映えもなく、俺たちが来る事が非日常となっているのであろうか……。
そんな思考をあてどなく巡らせていると、開いた襖の向こうは部屋がよく温められていた。
これまでの寒さが抜け落ち、思考も一瞬断ち切られ、二人してほっと息をついて、ゆっくりと座布団に腰を据える。
冴さんが襖を開けると、いつもよりどこか楽しそうな苗字が、横に火鉢を据えて此方を待ち構えているのであった。
その火鉢が似合うのだから、苗字という女を含め、この部屋は時が止まっているのかと錯覚してしまう。
「お久しぶりです、外はお寒かったでしょう?よろしければひざ掛けも用意できますので、お申し付けくださいね」
労りの言葉をかけてくる顔は、本当に心配の色をしている。
しかし、どちらかと言えば彼女のほうが寒そうである。
「苗字体調悪いの?」
挨拶もそこそこに、思ったままを聞いてみると、苗字は面食らった様にして此方を一瞬見つめた。
「この時期はどうしても少し弱くて……私、そんなに顔色悪かったでしょうか?」
ペタペタと自分の頬を触る様は、どこか幼さが見え隠れする。
「体調が優れないなら、後日にしようか」
傑が提案すると、彼女は慌てて”いつものことで、体は悪くもないので”と引き留めてしまうのだ。
一瞬二人で見合わせたが、彼女がどこか必死な様子も垣間見えるのでそのままその場に留まることになった。
暫くして運ばれてきた緑茶を楽しみながら、いつも通りの近況を話す。
苗字は何が楽しいのか、俺と傑が話す話に目をキラリと輝かせて聞き入っているのだ。
日常のちょっとした愚痴も、授業内容でさえ、興味深そうに聞いては気になったことを幾つか聞いてくる。
この時ばかりは、普段より幾分か年下なのではないかと思わせる雰囲気を纏っていて、どことなく可愛らしさを感じさせた。
そうして、話がひと段落着いた折、彼女がふと声を上げた。
とても遠慮がちな声だ。
「あの、本日はお二人にお聞きしたいことが御座いまして……」
「なんだい?」
「前からお話に挙がっている、家入硝子さんなんですが……どんな方なのかもう少しお聞きしたくて」
少し照れたように話す苗字に、此方としては意外な方向だったので少し驚く。
「なんで硝子が気になるの?」
「お話を聞く限り、お二人と仲がよろしい様ですし、どんな方なのかなと……」
無理にとは言わないのですが……、そういって所在無げにする様子は、申し訳なさを全面に伝えてくる。
憶測だが、俺らの同級生で、苗字からすると同性である硝子が気になるのであろう。
別段何を伝えるられる事もないのだが、と逡巡した後、とあることを思いついた。
「もし、硝子もよくって、苗字も問題なければだけど、硝子連れてこようか?」
嬉しそうな苗字の顔は、その後帰るまでの少しの間、俺たちのからかいの種となった。