受信できないよ
「天元様と星漿体の同化は2日後の満月!!それまで少女を護衛し、天元様の元まで送り届けるのだ!!失敗すればその影響は一般社会までに及ぶ、心してかかれ!!」
夜蛾の声が響いてから1時間ほど後、東京某所。
「あ、忘れてたわ」
「今更ハンカチ忘れたとか言わないでくれよ」
「ガキじゃねーんだからそんなこと言うか、苗字だよ」
「あぁ、そう言えば明日だったっけ」
「そうそう、ちょっと連絡入れとく」
明日が丁度、先月苗字に約束していた日であった。
星漿体の護衛――と、抹消――と言う突発の任務が入ったから仕方がない。
期間的にも行けそうにない為、断りを入れようと携帯を開く。
苗字家の電話番号を押しつつ、持っていく花を決めかねていたので丁度良いか、と頭の片隅で考えては、コール音に耳を澄ます。
ややあって、電話口に出たのは冴さんであった。
事情を説明すると、少し待って欲しいとのことで保留音が流れてくる。
ソレがぷつりと途切れたと思うと、次に聞こえてきたのは苗字の声だった。
「もしもし」
静かに転がる声が耳に届く。
「珍しいね、何かあった?」
「冴が丁度私の元にくる途中だったもので、気を利かせてくれたんです。お邪魔だとは思ったんですが、もうお待ち頂いていたものですから」
「邪魔じゃないけど、明日の話聞いた?」
「はい、聞きました。今も任務中なんですよね?お気をつけ下さい」
「誰に言ってるワケ?俺と傑は最強だからダイジョーブ」
戯けて答えると、クスクスと声が聞こえてくる。
「そうでした、ではまた会える日のご連絡お待ちしております」
簡単に挨拶をして切れた電話を暫し見つめる。
苗字と電話で喋ったのは初めてだが、なんだか新鮮さがあるものだなと感慨深くなった。
そうやってぼうっとしていたのを不思議に思ったのか、近くにいた傑が「どうかしたかい?」と聞いてくる。
「いや、なんでもない。でもさー、呪詛師集団の「Q」は分かるけど……」
そこからは、ペプシ片手に任務について傑と話し始め、グダグダとしているうちに目当てのガキンチョが襲われていたと言う訳である。
□ □ □
――護衛2日目 沖縄
「「めんそーれー!!!!」」
星漿体である天内理子を襲った呪詛師集団「Q」を倒し、その後天内へかけられた懸賞金に釣られた呪詛師たちも倒した。
であれば、何故、観光地沖縄に五条たちがいるのか、という話だが。
経緯としてはごく単純で、星漿体天内理子のお世話係である黒井美里が、何者かに拉致され人質交換の取引を持ち掛けてきたからであった。
その取引場所として指定されたのが、何を隠そうここ沖縄だったのである。
幸いにも何事もなく黒井を取り戻したため、一行は海にきていた。
天内と五条は浅瀬でナマコを見つけてははしゃぎ、波間を駆けている。
これ程までになく、この場を満喫している2人は、傍から見て観光客以外の何物でもなかった。
「悟!!時間だよ」
「あ、もうそんな時間か」
しかし、元は”任務”である。
夏油の終わりを告げる声が響くと、途端、天内の表情はみるみるしぼんでしまった。
天内は本当に分かりやすいなと思う。どこぞの苗字とは大違いだ、と独り言つ。
「傑、戻るのは明日の朝にしよう」
途端に天内の顔は明るくなる。
「……だが」
「天気も安定してんだろ、それに、東京より沖縄の方が呪詛人の数は少ない」
「もう少し真面目に話して」
その後も暫し押し問答はあったが、傑も何とか納得してくれて――というより、納得させて――沖縄の滞在は1日延びる事となるのであった。
「天内いくぞ」と声をかけたのは、未だ波打ち際にいる天内を次の観光地へと誘うためであった。
黒井さんも傑も、この後の工程や予約のために少し離れて話し合っている。
そんな俺たちを知ってかしらずか、飽く事無く地平線を見つめる天内は、きっと海に来るのは初めてなのであろう。
「……あいつもこういうところ来られればいいのにな」
ふと小さく呟きながら、遠くを見据える五条は、どこか纏う雰囲気が違っている。
その声に我に帰った天内は、横に立った五条へと目を向けた。
「アイツ?……わかった!彼女じゃろ」
ニヤニヤと此方を見る天内の眼が忌々しい。
新しいおもちゃを見つけた子供のそれである。否、子供なのは確かであった。訂正。
「彼女じゃねーよ、名目上の婚約者。ソイツ、お前みたいに生まれながらに面倒なモンしょってるから、家から一歩も出られねーの」
「ふーん……なら、写真だけでも送ってあげたらどうじゃ」
「なに、いっちょ前にガキンチョが同情でもしてんの」
「な、何じゃ!悪いか!!」
少し焦りつつも、どこかで自分のキャラではないと自覚しているのか、照れたように反発してくる。
「まぁ、いい考えかもな」
土産に丁度良さそう、と呟いて、携帯を取り出した。
パシャリ、パシャリと方々を撮影していく。
青い空、太陽が煌めく浜辺、寄せては還す波間……それらを幾つか画面に収めて、こんなものかと人心地。
「あれ、そう言えば苗字って携帯持ってないか」
帰ってから、会いに行った時にでも見せよう。
次いでに、携帯も渡していいなら買って行こうか。
そんなことを考えながら、ソーキそばの店へ向かうため天内と共に傑達の元へ向かうのであった。