うそぶく蔦
「話のわかる子だったね」
「……あ?あぁ、そうだな」
少し上の空の悟は珍しい、何か気になることでもあったのだろうか。
苗字名前は、「この様な体なのでお見送りもできず、申し訳ございません」といって、直ぐに冴さんを呼んでくれた。
ややあって訪れた冴さんは、私たちを少し伺うように見た後に、来た時と同じく静かに促しながら案内をしてくれる。
部屋から遠ざかるのを表すかの様に、い草の香りと鹿威しの音が、あの少し異質な空間から現実世界へと覚醒していく過程を彩る材料のようだ。
そんな染み入る音に身を任せていたのを嘲笑うように、唐突に横からけだるげな声が発される。
「傑ごめん、ちょっと先いってて」
「は?」
気付いた時には冴さんが止めるのも聞かずに引き返す悟がいた。
□ □ □
ふ、と一息をつく。
久々に外部の方とお話したからか、はたまた慣れないやり取りだったからなのか、どうやら疲れてしまったようだ。
そうして振り返ると、今になって少しの不安が過る。
両親は――私がこんなだからなのか――私のことをのことを愛情をもって育ててくれている。
その為、今回の決断を相談したときは快く了承してくれた。幼少の頃以来に我が儘を聞いたと言われ、少し喜ばれた位である。
だが、実際のところ、上への掛け合いは難しいだろう。
さて、どうしたものか……と深く座り直す。
先程二人には伝えてなかったが、夏油傑を私の相手とする理由は他にもある、と考えている。
主に、私から夏油様を介した五条様の監視だ。
なにも言われてはいないが、その線も考慮して余りあるだろう。
そう言った点が見えているので、尚のこと少し頭が痛くはなるのは事実であった。
両親にも苦労を掛けてしまう……が、しかし、この判断は間違っていない。
私のように、家――正しくは呪術界かもしれないが――の仕来たりに余り縛られていないならば、同じような年齢で囚われるのは忍びなく思う。
彼らから、断りの話が自主的に出ていたことからも、十分理解が出来る。
「どう致しましょうね……」
ぽつねんと呟いたが、勿論答えなど返ってこない。
……と、その時、先程お二人が帰っていかれた方向から、こちらへ向かって駆けてくる足音が聞こえた。
この家の者はあまり走る人が居ないから、少し身構えてしまう。
お二人を送り届けた先で何かがあり、冴が慌てて引き返してきたのだろうか?
そんな風に思っていると、部屋まで来た足音は、一つ手前の襖を無遠慮に開けたかと思うと、目の前の襖まで開けてしまった。
そこには、五条悟様がいた。
□ □ □
「苗字、俺はあんたみたいな良い子ぶった奴、嫌いなんだよね」
突然表れたと思えば、唐突に告げられた告白に、反応が遅れてしまう。
何があったのだろう?それよりも私は重大な粗相をしてしまったようだ。
嗚呼、そんな事より早く何か返事をしなくては……――
そんな思考の波に飲まれながらも、口は少し開いたところで止まっている。
「だけど、そんな奴に漬け込む上の連中のがもっと嫌いなわけ」
五条様もそんな私を気にもせず、話を続けてしまうのだ。
「はい……」
私が返せたのは、間抜けな相槌だけだった。
「だからさ、一時的で良いから俺と婚約してよ、苗字……そしたら、上も俺が黙らせられる」
なにが、一体何が起こっているのだろうか?
「あの、少々お待ちください……話がよく……それに、私は構いませんが、きっとお話は反故にされて……」
「俺、これでも最強の術師なんだよね」
だから大丈夫でしょなんて、にべもなく言われると、何故だか納得してしまう。
「後、今回みたいに見合いとかも面倒なんだよ……あんたもずっと顔が死んでただろ。俺と婚約したらその期間は色んないざこざから解放されるし、その間に少しは人生考えなおしたら?コッチとしては、何より上への嫌がらせにもなる……」
俺としては、そこも目的の一つでもあるかな。
ニヤリと笑う顔は悪戯を思いついた子供のようで、先程まで部屋にいた釈然としない五条様は誰だったのかと思ったほどだ。
何を考えているのか分かりかねるが、彼の中ではそれが最善手らしい。
「苗字の本音はどれなわけ」
少し真剣になった表情が、結界の為に組まれた紐の間から此方を静かに覗いている。
「わた、しは……」