分岐千年前
それは、約千年近く前まで遡ります。
苗字家が現在の様になる要因となる女性の話です。
彼女は”素質”がありました。
所謂見える側ですね。
そんな彼女は、生まれの土地で村八分のような扱いで、随分苦労したようです。
良くある話ですが、その村では、ある年日照りが続き、元々豊穣ではなかった土地が更に痩せ細ったそうです。
そこで定番のようにでてくるのが、雨乞いや生贄と言うものですね。彼女は生贄として、山奥の社に参籠のため連れていかれました。
これらは、その周辺地域の文献にも記されているものです。
女性は連れられて行った社のなかで、「神様が迎えに来るまで出てはいけない」と固く念を押されて、扉も内から開かぬよう何かで硬く閉ざされてしまいました。
少しの食料は持たされましたが、はしたものです。彼女は致し方なしと生を諦めていました。
そんな折、社に入って二日目を終える夜更け、暗闇の社の中で女性は”それ”の声を聞きました。
女性はとっさに”それ”を神だと思ったそうです。神が迎えに来ると言われ、開かずの扉から人が入った音もしないならそう思って当然ですよね。
彼女はそこで”神”と話をしたそうです。
相手は、人の言葉を解し、よくよく話をきき、心を砕いてくれたといいます。
生まれてこの方家族以外の人間とは良い思い出がなく、救われたのでしょう……彼女は湧き出る泉の様に溢れだす言葉のまま話し込んだそうです。
そうして、徐々に夜も明けてくる時間……――
うっすらと見えてきた部屋の中には、人ならざるものが佇んでいたそうです。
彼女は驚きとともに、混乱を覚えます。普段見たことのある異形のモノかとも考えましたが、それらはまともに会話もできないからです。
しかし、彼女はそこまで考えて、神でも異形のモノでも、自分と普通に話してくれる存在の尊さに思い立ちました。
異形のモノも、彼女を殺すことなく、あまつさえ社から出してくれたそうです。
その後、村へ帰りたくない女性は懇願して神擬きと暮らすことにしました。
神擬きは、それを是とし山奥での異形との生活が始まります。
そうしていつの日か、2人は恋仲の様になり、夫婦の真似事をしたようです。
そんな生活を続け、幾ばくかの月日が経ち、神擬きは女性にある契約を持ちかけました「お前を大層気に入った、どうか永く一緒にありたい。そのためには私をその体に取り込んでほしい」と……
女性は神擬きの願いならばと直ぐに了承します。
そして、その神擬き――特級呪霊――と”縛り”を結びました。
ここまでが、呪いを取り込んだ女からの口伝、それを子孫が残した話です。
詰まるところ、この苗字家は呪霊と人が交わった末にできた”引き継がれる呪い”というものを主軸としている家なのです。
そして、ここからこの呪い……”引き継がれる呪い”について説明致します。
呪い自体は特に何をするでもありません、もう”呪い”そのものには意思も何もないのです。実を言えば先程から見えているこの脚……これがまさしく”引き継がれる呪い”です。
この呪いは、苗字家の女性にしか現れず、呪いを持つものが同じ時代を生きることもありません。
先代であるお祖母様は私が生まれる前にお亡くなりになっていました。
そうして、お祖母様も、その前の呪いを受けた方も、その前も……私と同じく体の一部が黒く染まり、その箇所が動かないのです。確か、お祖母様は腕だったとお聞きしておりますね。
そうして”体の一部が動かない”ということは、天与呪縛の側面も持ち、それそのものが呪物であることから、呪いを受けていた人だけで数えても数代程前までは特級被呪者として扱われていたそうです。
何より、”私たち”は呪霊にとって御馳走のようで、何も出来ぬのに呪力だけは多分に持った存在なので、下手な呪霊に食われぬよう、こうして何重にも張った結界から出られない……と言う訳です。
重ねて、もう一つの特性として、この有り余る呪力は子へと一部が引き継がれます。
特異なのは、初めに必ず男女の双子を産むということも挙げられます……が、ここに関しては割愛致します。
兎に角、そうして子を産み、徐々に呪いの力を弱くすることが私共の使命でございます。
併せて、呪術界としては呪力を多く持つ優秀な子が生まれますので、今回の様に上の方々からの打診等があるような状態です。
「人と呪霊の末裔だなんて、気持ち悪いですかね」
そうしてクスリと苦笑を漏らす苗字を俺と傑は静かに見つめた。